2004年5月の戯言。


2004/05/23

サーバ不調・・・。

月曜、いつものように起床してふとサーバAyakoのモニタを見てみたところ、カーネルのエラーメッセージが出力されて停止しているのを発見。リセットしてみてもPOSTにまでたどり着けず、起動不能状態に陥ってしまっていた。
CPUソケットの接触不良が発生したのかと思い、CPU挿し直しをしてみても状況は変わらず。さすがに平日の朝にPCメインテナンスをするのに十分な時間があるはずもなく、あきらめて出社。帰宅後、いろいろといじりつつAyakoを起動させようとするも、玉砕。翌日の火曜にも帰宅後にCPU挿し直し・CMOSクリア・電源交換等を試して起動させようとしたが、やはり、玉砕。たまに起動しLinuxのカーネルロードまでたどり着く事があったのだが、カーネル展開でCRCエラーとなり停止してしまっていた。CPUについては、メインマシンYuiに挿して動作を確認したので、何とか生きているらしい。どうやら、マザーボードかメモリ、あるいはHDDが壊れたような気配であった。
水曜の退社後にパーツ購入元である神戸Sofmapに各パーツを持ち込み、チェックを依頼したのだが、この時には特に問題は発生しなかったらしく、マザーボード交換にて様子を見ることとなった。帰宅後、再度、起動を確認してみたが、またも起動不能である。この時点で、メモリ関連のチェックを行っていなかったことを思い出し、試しにメモリ1枚のみ挿して起動させてみたところ、何と起動できるではないか。この時点でメモリの故障を確信し、メモリの挿し方をいろいろと変えてmemtest86にてメモリの動作チェックをしてみた。デュアルチャネルの各チャネルに1枚ずつメモリを挿すと確実に起動不能、片チャネルに2枚メモリを挿すと途中まで起動してハングアップ、片チャネルに1枚挿して起動させると、2枚のメモリのうち片方を挿した場合に、カーネルロード時にCRCエラー発生。もう片方の場合は問題なく起動できることを確認できた。この時点で、ようやく犯人確定である。2枚のメモリのうち1枚が故障していたのだ。
とりあえずメモリ512MB、シングルチャネルにてサーバを稼働させて、土曜日にサーバを停止させてメモリを取り外し、再度神戸Sofmapに出撃してメモリの動作を確認してもらった。デュアルチャネル動作のためメモリの特性を合わせる必要があるので、正常動作しているメモリも一緒に持参。結果、メモリを新品と交換してもらうことができた。交換してもらったメモリを挿してAyakoを起動させてみたところ、正常に起動できることを確認。心配していたHDDの故障も特になく、これでようやく一安心というところか。

サーバ強化・・・。

上記のような経過で、無事サーバAyakoを復活させることができた。で、Fedora Core 2正式版リリースの後で行う予定であったHDD換装を行うことにした。また、CPUファンレス稼働に自信がなくなってきたので、ファン付きヒートシンクを装着して冷却強化を行うことにした。
HDDについては、これまでシステムとデータ用・バックアップ用として使用していたMaxtor 6Y200P0 x 2を日立のHDS722525VLAT80 x 2 へと換装し、浮いた6Y200P0についてはデータ用に使っていた4R120L0の代わりに使うことにした。総容量では100GBの増量となるが、バックアップ用に振り分ける部分もあるので、実質的に、データ用の容量が50GB増えたことになる。パーティション内のデータ移行については、PartitionMagicにてパーティションコピーできないことが分かっていたので、一旦FedoraCore2をインストール完了させてから、rsyncコマンドにてコピーすることで対応することとした。rsyncコマンドはパフォーマンスが良く、直接パーティションをコピーするより時間はかかるものの、さほど大差ない時間でコピー作業を実行できるのだ。
ヒートシンクについては、最初に純正ヒートシンクを使ってみたのだがやはりノイズが気になったため、GIGABYTEのPCU21-VGというファンコン付きの製品を購入してみた。実際に使ってみたところでは、ファンコンにて最低回転まで絞れば、多少ファン稼働音が気になるとはいえ、何とか我慢できるレベル。しかし、このヒートシンクは青色LEDでやたら明るく光って眩しい上にLEDを消灯させることができない。また、ペリフェラル用ミニ4ピンコネクタから電源供給してマザーボードのCPUファンコネクタにはセンサ信号のみ供給という一風変わった接続方法のため、外部のファンコンにて制御もできない。冷却性能自体は高くもなく低くもないという状態だったので、結局、リテンションを強化した上で、サブマシンMamikoで使っていた、冷却性能と静音性を十分期待できるZALMAN製の全銅製ヒートシンクCNPS7000A-Cuをファンコン経由で使うことにした。PCU21-VGについては、ビルドインされているファンコンを使わず、直接ファンの電源コネクタをマザーボード等に接続できるようにコネクタを接続し直した上で、サブマシンMamikoにて使用することとした。
なお、今回のAyakoへのFedoraCore2インストールに使用したメディアはDVD-R。しかし、これまでAyakoにはDVD-ROMドライブは装備していなかった。で、いずれ使ってみるつもりであった日立LGのGSA-4082Bを購入してメインマシンYuiへ装備し、浮いたPioneer DVR-A05-JをサブマシンMamikoへ装備、更に浮いた東芝 SD-M1612をAyakoへ装備することで対応。

Bフレッツ計画ちょっと進行・・・。

3月末にBフレッツへの変更を申し込んで以来、一月程度も連絡をよこしてこなかったので早く連絡よこせと催促すると携帯の番号を連絡していたにもかかわらず日中連絡が付かない自宅の電話へ連絡してきたりするなど、担当の人間は何とヘボなんだろうと思って不満がたまっていたのだが、ようやく、調査担当の業者に来てもらい、工事前の事前調査を行ってもらえることになった。
当初、一番心配していたのは、自分の部屋まで光ファイバを通せるかということであった。電話や電線も、入居しているマンションの最寄りの電柱から一旦地中に潜らせてあるのを知っていたため、マンション内部の配管が使えないのではと不安になっていたのだ。賃貸マンションなので、内部配管が使えない場合に外壁づたいにファイバを通すというパターンは外観が変わるためマンションオーナーの許可が出ないことが予想され、かなり、不安であった。しかし、このあたりの問題は実にあっさりと解決してしまった。電柱からマンションのMDFへは光ファイバを通せることがわかり、また、MDFから自分の部屋の天井裏部分までは、細いながらも電話線の配管が使える事が分かったのだ。
しかし、問題はこの後。天井裏までは光ファイバを通せるが、天井裏からモジュラージャックの部分へは光ファイバを通せない事が判明してしまったのだ。壁の裏の桟が邪魔をして、モジュラージャックへ到達できないらしい。電話線は桟に溝を掘って通してあるらしいとのこと。ラスト1mといったところでアウトというのは、とても悔しい状況である。
僕自身もかなり悔しかったのだが、調査会社の担当の方も悔しかったらしく、何とかして部屋の中まで光ファイバを通せないか、いろいろと試してくれた。結果、壁に穴を空けるか、風呂場外側のスイッチボックスのパネルに穴を空けて、そこから光ファイバを出すようにすれば、部屋の中まで光ファイバを通せることが分かった。どちらの方法を使うにしても部屋の中の加工を伴う作業になるため、管理会社経由でマンションオーナーへ連絡を取って、状況を説明し、許可をもらうことにした。オーナーさん曰く、直接業者に作業内容を確認したいとのことで、自分の携帯番号と業者の連絡先番号を教えて、しばし待つことに。まもなく、マンションオーナーから連絡があり、壁に穴を空ける方法だと、退去時、元に戻すのに数万の負担が発生するが、スイッチボックスの加工だと安価に元に戻せるので、そちらなら、退去時に原状回復するという前提で作業OKとのこと。マンションオーナーが話が分かる人で助かった。どうも、オーナー自身、光ファイバ関連に多少興味があったらしい。
あとは、業者内で工事計画について審査が通るかどうかが勝負らしい。光ファイバは強度が弱いため、配管を通すことが前提となっているらしいが、うちの場合、電話用配管から壁までの数mは空中配線状態になるので、審査が通らない可能性があるらしい。クレーム等の予防のため、審査は厳しく行われるそうだ。こちらの方は、とりあえず審査が通ることを祈るほかないか。
ちなみに、うちの近所のどのあたりまで光ファイバが開通しているのか興味があったため、近所の電柱をチェックしてみようとしたのだが、マンション玄関にたどり着く前に、マンション最寄りの電柱の隣の電柱にNTTの光クロージャが設置されているのを発見。距離的にはマンションまで20mもない程度である。何と、ここまで近い場所まで開通していたとは。少々、びっくり。

2004/05/16

GigaBit Hub 換装・・・。

先日のファイルサーバのマザーボード換装により、GigabitEther装備なマシンのうちノートPC以外については全てJumboFrameに対応できるようになった。各種情報によると、JumboFrameが使えるといくらかの通信パフォーマンスアップが望めるとのことであった。そこで、次に狙ったのが、JumboFrame通信対応Hubへの換装である。
今まで使っていたPlanexのGigabitHub、FXG-08TXは、登場時期が比較的早かったこともあり、JumboFrameには非対応。そこで、たまたまGigabitEtherなNICが2枚余ったこともあり、FXG-08TXとNICのセットで知人に売却。これを資金の一部として、BUFFALO製のGigabitHubであるSW-GT-8Cを購入。SW-GT-8Cは10000円を切る価格で販売されているにもかかわらず、9KBまでのJumboFrameに対応していて、コストパフォーマンスがよかったのだ。
早速Hubを換装し、各PCをJumboFrame対応に設定変更。Windows機であるYui/MamikoについてはドライバのGUI設定であっさりと変更完了したが、問題が発生したのがサーバAyako。Hub側の限界である9KBに設定したところ、NICのドライバがメモリ確保失敗らしきエラーメッセージを大量に吐く。4KBの設定にしてみたところエラーメッセージは出なくなったため、各PCのJumboFrameの設定を4KBに統一することにした。
設定変更完了後、ネットワーク関連で特にトラブルは発生していないが、期待していたパフォーマンスアップについては体感できず。Windows機の間では過去に40MB/s程度の転送速度が出たことがあるが、AyakoのSamba経由では30MB/sに届いたことはない。Samba側のチューニングをした方がよいのかもしれない。また、情報収集してみるか。

マウス換装・・・。

Logicoolからマウスの新製品 MX-510が発表された。メインマシンYuiとサブマシンMamikoで共有していたマウスMX500は、性能的にも特に問題はなく、故障もしていなかったし、そこそこお気に入りではあった。しかし、会社で使っているMX700のトップカバーの汚れ修復失敗のためにMX500のトップカバーを移植したので、見た目がかなりみっともない状態になってしまっていたのだ。このような理由で、MX510が発売されたら、購入しようと考えていた。
ふと気づいたらMX510の発売が開始されていたので、早速、MX510を購入。購入価格は5000円強。ま、こんなものでしょう。MX510になって光学系の性能がいくらか向上したようだが、MX500の時点でもさほど性能に不満がなかったので特に気にしなかった。トップカバーの塗装がやや凝ったものになって、同じ模様な製品はないという触れ込みではあったのだが、実際に手にとって見てみると、粒子が粗めのブルーメタリック塗装という感じ。敢えて粒子を均一にせず、ムラを付けたような感じ。見た目は悪くはないが、Microsoft製のマウスほどは凝ったことはしていないように見える。ま、そこそこ気に入ったからいいけれど。

言うまでもなく、左がMX510、右がMX500。MX500のトップカバーが真っ白なのは、MX700のトップカバーの汚れ修復の際に一部の塗装を剥がしてしまったので、全て塗装を剥がしたためである。再塗装を行ってはみたのだが、製品レベルの仕上げには程遠い仕上がりになってしまったので、結局、塗装を剥がしてしまった。
MX510にはMouseWareの最新版である 9.80が付属していたため、Yui/Mamikoそれぞれについてインストール。以前のバージョンでは、CPU切り替え機経由でマウスを認識させようとすると不具合が発生(しばらくマウスカーソルが固まる)するために導入をしなかったのだが、V9.80では今のところそのような感じはなく、問題なく使用できている。
MX500については破棄も考えたのだが、さすがにもったいないので、Mariaで使っていたWireless IntelliMouse Explolerと換装。Wirelessである意味はさほどなかったし、性能的にもMX500より落ちるので、いずれは他のマウスへと換装したかったのだ。

2004/05/05

ファイルサーバのマザーボード換装・・・。

下でファイルサーバAyakoの電源換装について書いていたが、どうも、Ayakoの不安定の根本的な原因は電源の容量不足ではなかったような気配である。根本的な原因は、ちょっと前に問題になっていた「マザーボードの不良電解コンデンサ問題」が起きていたことなのではないかと思われるのだ。
たまたま、より正確なCPU温度を計測したいと考えてヒートシンク周りをいじっていた際に、ふと目に付いたのがCPUの周りの電解コンデンサに一部液漏れ・膨張があったこと。CPUの周りの電解コンデンサは複数の種類・メーカーの製品が使われていたが、液漏れ・膨張を起こしていた電解コンデンサは全て同一メーカー。それ以外のメーカーの電解コンデンサには全く問題は見られなかった。下の写真の赤丸で囲んだ部分が、問題の電解コンデンサである。(写真をクリックすると拡大)

このマザーボードはGIGABYTE製のGA-8ITXという製品で、購入時期は2001年11月である。低品質な電解コンデンサが使用されている可能性が高いマザーボードの製造時期は、2001年後半から2002年前半ということであるので、時期的にはちょうど当てはまる。おまけに、低品質な電解コンデンサを製造してしまったメーカーとしてリストアップされていた「GSC」製の電解コンデンサにのみ問題が発生している。まさにビンゴではないか。
この時点で、たまに不安定になるものの動作はしていたので、しばらくだましだまし使っていくことも考えたが、ファイルサーバに突然死されると場合によっては甚大な被害を被ることになるので、思い切ってマザーボードを換装することにした。
Linuxを動作させてファイルサーバとして運用するという使用形態から、メインマシンYuiで使っているような機能満載なマザーボードではなく、安定志向でマザーボードを選択することにした。GA-8ITXはi850チップセット採用でFSB400MHzまで、おまけにRIMMという現時点で流用が利きにくい仕様のため、これまた思い切って、CPUとメモリも換装することにした。これまで使っていたCPUであるPentium4 2A GHzとRIMMの一部は売却して、新規パーツ購入の資金の一部とすることにした。
今回は、マザーボードとしてIntel D865PERLKを選択。購入の決め手は、
である。ファンレスなノースブリッジを選択したのは、ファン付きのマザーで採用されている小径ファンは故障しやすい上に騒音源となりやすいからである。ファイルサーバという立場上、ネットワークのパフォーマンスは重視するため、PCIバスの帯域を圧迫しない CSA接続の Gigabit LANは必須。Prescott対応はそれほど重視してはいなかったが、将来的なアップグレードの可能性を絶つのはあまり気にくわなかったので、というやつである。CPUは Prescottの 2.8E GHzを選択。Northwoodな 2.8C GHzでもよかったのだが、値段差もあまりなかったし、思い切って選択してみた。メモリは JEDEC準拠な PC3200 DDR SDRAMを2枚で1GB搭載である。
マザーボード換装自体は約3時間弱で完了。ソフトウェア的な設定変更も一部を残して問題なく完了し、普通にファイルサーバとして運用を開始できた。ただ、さすが Prescott、Northwoodな 2A GHzと比較することはあまり適切ではないかもしれないが、同じ条件にてヒートシンク温度を計測してみたところ、約10℃、温度が上がっている。大丈夫だとは思うけれど、真夏がやや心配である。
ちなみにパフォーマンスはさすがに上がっているようだ。体感速度は数値的に表現しにくいけれど、レスポンスが上がった感じというか・・・。ま、換装した効果は確実にあったということで。

2004/05/03

プラグ交換・・・。

FireStormの走行距離がそろそろ15,000kmに達するので、プラグ交換を実施。詳細はバイクなページにて。
さすがに、この程度のメインテナンスは自分でできるけれど、以前はもっといろいろなメインテナンスをしていたような気もする。バイクに対する愛情は決して減ってはいないと思うんだけれど、お金に余裕ができた代わりに自由な時間と根性が減ったのが大きいかな、やっぱり。

Ayako電源換装の効果・・・。

今のところ、ファイルサーバAyakoの電源換装を行った価値はあったようだ。換装前は毎日、バックアップ作業が始まるあたりで不安定になってしまい再起動をせざるを得なくなっていたのだが、換装後、Ayakoが不安定になることは全くない。いい感じである。久々に大当たりを引いた気がする。

たまにはこんなのもいいかも・・・。

先月末に実家に帰省した際に、福井在住の兄夫婦の家に出撃。時間があったので、ちょっと離れたところにある鯖江市・西山公園に出かけた。ちょうど、ツツジ満開な時期であり、中々壮観な眺めであった。たまには、こんなのを見て癒されるのもいいかも。

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